2016年カレンダーは、カレンダー特有の数字「12」に
注目し、新川に架かる12の橋を紹介しました。この年から
カレンダー立てを一新し、簡単組立&丈夫で長持ちになり
ました。
表紙
カレンダー立ての説明
※名称や関係する説明文の内容等は、カレンダー発行年当時のものです。
1月 |
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槙尾大橋 |
下流に内野の |
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橋梁群を一望 |
1969年9月 |
できる橋です。 |
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2月 |
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西川水路橋 |
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珍しい川と川の立体交差です。昔は |
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新川を水路トンネルで通していまし |
1955年4月 |
たが、舟運の衰退で橋になりました。 |
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3月 |
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農林省橋 |
8月の夜には、農林省橋周辺を |
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22,500球のLEDが水面を照らす |
1960年8月 |
新川ほたるが開催されます。 |
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4月 |
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大萩橋 |
明治時代 新川の通水能力向上計画により、新川の水位上昇で広通江の排水能 |
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力低下が心配されました。このため広通江の吐け口を月見橋の脇に移しました。 |
1960年3月 |
この妙案で解決に導いた大竹貫一と萩野左門の名前から「大萩橋」となりました。 |
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5月 |
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崎山橋 |
上流には、新川に浮 |
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かぶようにたたずむ |
1961年3月 |
静田神社が望めます。 |
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6月 |
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三日月橋 |
1878年 明治天皇が内野往来橋(現三日月橋)から鯉漁を |
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ご覧になり、新川底樋の説明を受けられました。現在 |
1975年5月 |
両岸には割烹があり、かつての内野の栄華を残します。 |
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7月 |
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月見橋 |
車両は通行できない自転 |
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車・歩行者橋です。上流 |
1959年10月 |
には越後線が通ります。 |
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8月 |
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学校山橋 |
新川左岸を流れてくる広通江は、この学校山橋の下で |
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新川と合流します。かつてたもとのお筆山には割烹旅館 |
1990年12月 |
「偕楽館」があり、「新潟の奥座敷・内野」の名所でした。 |
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在りし日の偕楽館 →
(「新 新潟歴史双書4 内野新川」から画像借用) |
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9月 |
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新川元橋 |
20mの高さから望む新川の風景。 |
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この高さは、新川開削で砂丘を掘り |
1998年6月 |
割った先人の偉業を伝えます。 |
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10月 |
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往来橋 |
「♪走って走って走って~」 |
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新潟運輸のCMで、県内の |
1964年 |
有名橋と共に登場します。 |
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11月 |
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渚橋 |
昔の渚橋は現在の新川河口排水機場のあたりに |
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架かっていました。付近にはイワシの網干し場や |
1984年9月 |
油締め加工場があり、とても賑わっていました。 |
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1950年頃の渚橋 →
(「新 新潟歴史双書4 内野新川」から画像借用) |
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12月 |
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内野新川大橋 |
国道402号線に架かる長大な橋です。 |
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日本海に沈む壮大な夕陽を望める、 |
2010年7月 |
新川河口の新名所になっています。 |
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